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内田康夫 夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。

実は……

2019.1.24 Thu

一次文庫・中央公論新社で、二次文庫として光文社から出た『教室の亡霊』を読んだ。
山前譲さんの解説で「雅人はトンカツを頬張っている。育ち盛りの彼のために、浅見家の夕食は揚げ物がメインになることが多いのだろうか。」とあった。
確かに作品中で浅見家の夕食風景が出た時(私は浅見家の家族の会話風景が好きだ。特に『遺骨』の家族の会話)、おかずはメンチカツだった。そしてエピローグでのおかずはトンカツだった。
たしかに揚げ物が多い。
実は、これは、脂っこいものが好きな著者の、私に対するメッセージなのだ。
私は病気……というのか何というのか、あぶら物が食べられない。一口二口程度ならいいのだが、普通に食べてしまうと胃なのか十二指腸なのか、このまま死ぬのではないかというほど七転八倒の痛みが襲ってくる。
20年前ころまではそんなことはなく、散歩の時に摘んできたフキノトウや我が家の庭のタラの芽を天ぷらにして、軽井沢暮らしらしい夕食を楽しんでいた。それがいつの間にか身体があぶら物を受け付けなくなって、そのうち我が家の食卓からあぶら物が消えた。脂を分解して吸収させる酵素が少ないのだそうだ。それで野菜炒めにも油は使わない。使うとしても、オリーブオイルを少々程度かな?
天ぷらを食べたいと言う夫の不満を封じるために、時には一人分の揚げ物を作ることもあったが、独り暮らしや主婦の方々なら理解できると思う。一人分の揚げ物なんて、油が勿体ないし、だいいち後始末が面倒だ。
それで「揚げ物が食べたかったら、外食のときにしてね」となった。
若くはない身体、職業も趣味の囲碁も、大好きなテレビ観賞も座ってばかり。運動不足の身体には健康的でいいと思うのだけど。
ときどき脂身を落としたステーキを、夫に三分の二、私に三分の一か、しゃぶしゃぶなどで肉を供していたのだけれど、それでも夫は家で天ぷらやトンカツの類が食べたかったに違いない。
夕食だけでなく、朝食に対する不満も数々の作品に垣間見える。
浅見が出会う旅先での味噌汁・鮭などの和風朝食に感激しているシーンも、実は私に対するメッセージだったのだ。
私は父から「お前の前世はキリギリスだったのか」と言われたほどの野菜好き。でも前世はイギリス貴族と吹いているから(ケルト人はたぶん狩猟民族)、言ってみれば私は『菜食主義の狩猟民族』で、夫は前世江戸町民にしているので『肉食の農耕民族』と……私が決めていた。

※昨夜から一次文庫・祥伝社で文藝春秋から二次文庫として出た『還らざる道』を読み始めた。
またあった。3月13日に、乗用車が「木曽の桟」から転落した。
こだわっていたわけではないだろうけど、なぜ夫はこんなにも3月13日と書いたのだろう。なぜ私はこんなにも3月13日をキャッチしてしまうのだろう。

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