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内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。

やめてエ!

2016.10.6 Thu

タクシーが来たので手を挙げたて止めた(足を挙げて止める人はいない)。見ると個人タクシーだった。
ドアが開けられ乗り込もうとすると、足もとにガムテープが貼られている。運転手さんはご高齢と見た(私もご高齢だ)。
行き先を告げてから「このガムテープ、どうしたのですか?」と聞くと、お客さんの足が引っかからないように……とのことだ。
善意なのだろうけど、ガムテープだなんて何だかビンボー臭い。「優しいのですね」とお世辞をいうと、両手をハンドルから放して、手を叩いて喜んでいる(芸能人が大喜びを表現するときのアレ)。
この後も、何かと言うと手を叩き私の反応を確かめるように後ろを振り向いている。私はハンドルから手を放すなァ、後ろを見るなァ!と、内心喚いていた。
話を聞いていると、何だか本当に年寄りくさい。「運転手さん、おいくつですか?」と、聞いてはいけないと思ったけど、つい……。以下その時の会話。
「いくつだっけな? 長嶋と同じだよ。11年の早生まれだ。77才かな?」
「エッ! だったら80才ですよ」。と私、のけぞる。そしてシートベルトを締め直し、しっかりと助手席の背もたれを掴んでいた。
「そうなるかな? 計算早いね、お客さん! オレの年をお客さんに教えてもらうとは思わなかったよ。お客さんは頭がいいや。見たまんまだ」
……、いや! 冗談はやめてと思ったが、80才は本当のようだ。それから息子の話、嫁の話をペラペラと聞かされて、私はウンザリ。ハンドルからは手を放すし、私の反応を確かめるように後ろを振り返るし……。やめてエ! 怖いよォ!
それに客の私が丁寧語を使っているのに、完全なタメ口だ。なんだかなァ!
そのうち曲がる道を一つ間違えている。指摘すると「こりゃ、500円引きだな」と、挙げ句の果てに「次、右に曲がればいいんだ」と左にハンドルを切っている。左で正解なのだけど、私はまさかの時に、後に残される夫のことを思っていた。
目的地に無事着いて500円引いてくれたからいい……、なんてものじゃない。怖かった。
こんなご高齢の人に、タクシーの運転手をさせていいのかなァ!

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