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内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。

可愛くない?

2024.3.13 Wed

夫が逝って6年になる。仏教でいうところの『七回忌』だ。
友人たちの話によると、普通の夫婦は夫が逝って1年もすると妻たちは『元気元気』になるのだそうだ。まァそれは本音ではないだろうけど、私はそれに期待したが、6年も経っているのにその域に達してない。
未だに夫は夢に出てきて、私を色々と励ましてくれたりする。そして遺影を見てウルッとしたり、ちょっと仲良くしすぎたかな?と、反省!
編集者の方々とお会いすると、やはり夫の思い出話になる。いい思い出ばかりが蘇ってくるのが困る。
私がまだ完全には立ち直れないでいるという話をしたとき、編集者のある方が空を指さして「今ごろ先生はあちらで、キャリーに勝った!と喜んでいらっしゃるでしょうね」と笑った。
それは……。
我が夫婦の溺愛犬キャリーが亡くなった時、私は泣いた! 泣いた! 夢の中でも食事の途中でも泣いた。挙げ句の果てに十二指腸潰瘍にまでなって、立ち直るのに2年もかかった(去年人間ドックに入って胃カメラ検査を受けた時、情けないことに潰瘍の痕がまだ残っていた)。
いつまでもしょんぼりしている私を見て、夫は編集者のある方に「ボクが死んだとき、カミさんは泣いてくれるだろうか」と、冗談半分本気半分で言っていたそうだ。
そして先日、その方と夫の思い出話に花が咲いたとき「キャリーのときは2年だったけど、情けないことに夫はまだダメなんですよ」と言うと、彼は空を指さして「今ごろ……」と言って笑ったのだった。
キャリーと張り合ってどうするのと思うけど、待て待て、喜ぶのは早いぞ!
何故って……、キャリーが亡くなったときは悲しみを分けあう夫がそばにいたけれど、夫が亡くなったときは、悲しみを一人で受け止めなければならなかったのだから、単純に「勝った!」なんて喜ぶな……って、ん?
でも……、私が「私が先に死んだら泣く?」と聞いたとき、夫は「泣きますとも!泣きますとも!」と力強く宣言した。あまりに力強かったので、私が「ウソっぽい」と言うと、ニヤッと笑って「じゃ、試しに死んでみな! ボク、泣くから」だった。
夫が亡くなった時もよく泣いたけれど、人前では泣かなかったはずだ。
それは本当かどうかは分からないけれど、イギリスの貴族は不幸のどん底にあってもジョークを飛ばして他人を笑わせたりして、人前では不幸な姿は見せないものだと聞いていたし、私は前世男爵令嬢だったと吹いている手前もあったから。
長年の友人のご主人が去年の秋に亡くなった。長いことご主人を在宅介護をしていたその友人が、「夫を見送るとき、まわりでは私が泣くのを待っていたらしいの。でも私は人前で泣くなんて、みっともないことはしない。人前で泣くなんて、私の品格が落ちるもの。でも最近町を歩いていて、何でもないときに突然ウッと涙ぐみそうになるの」と言っていた。
男にとって女はジトーッと涙を流したほうが可愛いのかもしれないけど、私たちはトシもトシだし、涙ジトーッは可愛くない以前に気持ち悪いだろう。
以前、夫は彼女のご主人と囲碁を打ったことがある。夫はアマだけど7段で、彼は1級。いまごろ夫は彼と碁盤を挟んで、顔には出さないけれどあの日のように「へぼ!」と『忍』の一字かもしれないと笑ってしまう。
『新旧未亡人』の電話のおしゃべりは、以前より増えた。1時間を超えることもある。そして晴れて自由になった時間を「遊ぼうね」と言っているが、どうなることやら。
そうか! 3月13日、七回忌か! 時間の流れは速いな!
キャリーの命日が3月14日。これで私の命日が3月12日か15日だと、ちょっと笑えるかも……。

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