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内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。

好奇心

2023.10.13 Fri

日本が先の大戦で負けて財産を没収されて、我が家は台湾から引き揚げてきた。その頃は日本中が貧しかったのだけど、台湾ではわりといい暮らしをしていたから、さぞかし母は切なかっただろう。私は小さかったから、貧しさの意味が分からなかった。
しかしその後学校に通うようになり、お弁当が始まった。母はお弁当箱の真ん中に沢庵で土手を作り、茹でた沢ガニをお弁当箱の両隅に向かい合わせに置き、刻んだ紅ショウガを大砲の火の手のように配して「カニの戦争よ!」と……。私の空想癖は母のせいかもしれない。
以来私は妄想または空想の世界の住人になり(いや! 生まれつきだったのを、母が増長させた?)、そのままトシをとってしまったようだ。授業中だろうと何だろうと空想の世界に漂い、気がつくと授業時間が終わっていた。
おかげで高校時代、先生に「きみは廊下を歩いているときも授業中も、夢を見ているような目をしている」と笑われた。それは褒められたのか成績の悪さを皮肉られたのか……、ま、皮肉だろう。成績はドン底だったから。
初めて『赤毛のアン』を読んだとき「私がいる!」と思ったものだ。
好奇心も旺盛だった。独学でピアノにトライした。マンドリンやフルートにも挑んだ。バレエもいくらか……で、すべてが途中で頓挫。
どうなっているのか知りたくて蟻地獄にアリを放り込んだり、地蜘蛛の巣を引っ張り出したりもした。
好奇心や空想力などは、新しいことを生み出す基礎ではないかと思う。夫の作品の『沃野の伝説』で浅見も言っていた……と言う事は、夫の意見だと思う。「すべての力の根源は好奇心だ」って。その好奇心や空想を行動に移さない結果がいまの私だろうけど。
小説を書く事だって好奇心から始まっているし、蒸気で走る機関車や『夢の超特急』、ロケットで宇宙を旅したり月世界に行くことだって、もともとは好奇心や空想から始まっている。遺伝学のゲノムだって数字の『ゼロ』の発見だって何だって、すべては空想や好奇心からスタートしているはずだ。
エジソン・キュリー夫人・ジェンナーたちに始まって湯川秀樹・山中伸弥博士たちの発見だって、大もとは好奇心や空想力が元なんじゃないかと思う。
『鉄腕アトム』だって『フランケンシュタイン』だって、空想と好奇心の結果だし、今や人間の心を忖度できる知能をもつ、AIロボットだって出来つつあるらしい。
「思いついたら実行に移せ!」と夫が言っていた。「失敗したらやり直せばいいじゃないか」。
好奇心や向上心もなく、失敗することや傷つくことを恐れたり、現状を維持することだけでいると、陰で笑われていたり、気がつくと社会から取り残されているのがオチだ。取り残されていることも知らずにいる可能性だってある。
私は未だにガラケーだ。パソコンを使っているしiPadもこなしているからスマフォなんて簡単だと言われているのだけど、なんとなく不安で踏み切れないでいる。そうこうしているうちに『お知らせはQRコードでどうぞ』なんて世の中になってしまった。
『失敗は成功のもと』と言うし、失敗を恐れずに私も新しいことに一歩踏み出さなくては……、進歩がない(言うことが小さいかな?)。