内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。
コブシとフジ
2022.5.27 Fri
10年近く前、私は森を散歩していて、高さ1メートルほどのコブシの幼木を見つけた。そこは別荘新築のための造成が始まっていた。
300坪の手つかずの敷地は原生林のままで、2~30メートルクラス(多分)の木々が空を隠していた。そ の木々がどんどん切り倒されていた。切り倒された巨木の近くにコブシの幼木はあった。
夕方、現場の作業が終わって人気がなくなったので、私はシャベルで幼木を掘り起こして、我が家の庭に移植した。
そのコブシがいま、2、5メートルほどに成長している。しかしコブシが花を咲かせるには、あと20年以上はかかるはずだ。私が生命を助けたコブシの花を、私が見ることは多分ない。
我が家の裏の別荘と別荘の間は、その別荘が建つまでは手つかずの原生のままだった。カラマツやナラなど、そして下草も伸び放題で、その2~30メート ルもあろうかと思う木々に、ホップやフジづるが枝に巻きつきながら伸び、枝から枝にからまり、季節になると柔らかな緑のホップの実や、それこそ藤色のフジの花が咲き乱れてそれは見事だった。
でも一昨年、別荘が建った。
フジづるが絡まったまま木々は倒され、ホップも姿を消した。
去年その別荘の道路脇に、10センチほどのフジの幼木(苗?)を見つけて、私は我が家のカラマツの根元に植えた。このあいだ見たら、その幼木が12セ ンチほど(?)になり、可愛い葉っぱを広げているではないか。
私が生命を助けたフジがカラマツにからまって咲くフジの花を、私が見ることは絶対ない。
夫と私も、自然を破壊して森の暮らしを満喫しているのだから大きなことは言えないけれど、せめて倒した木と同じ程度の木を植えないかな?と思う。
いま軽井沢は建築ラッシュとか。森がどんどん切り拓かれて、分譲地が増えているそうだ。