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内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。

ティーサロン軽井沢の芽衣

2023.7.13 Thu

『ティーサロン・軽井沢の芽衣』。あれから25年が過ぎた。
当時『浅見光彦倶楽部』の会員さんが集っておしゃべりをするティーサロンを建てよう……と、言い出しっぺは夫だったけど、原生の木々が生い茂る森を背にして、プリンスエドワード島の広い芝生に建つグリーンゲイブルズ風に……、と言ったのは私だった。
私は自分の前世はイギリス貴族だと吹いていたから、紅茶はロンドンから直接取り寄せて、スコーンをメニューに入れると言った。しかし夫はクッキー系の食べ物を『歯くその素』だと言って笑い、自分の好物のドライカレーをメニューに入れた(私は夫の前世は江戸町民だと決めていた。そのころの江戸には、ドライカレーなどなかったけれど)。
5年前に夫が旅立った後も『……芽衣』は以前のまま佇んでいる。それどころか当時植栽したばかりの、何となくわざとらしかった木々の緑が年々濃くなって、いまでは建物が緑に埋まってしまいそうなほど茂っている。
あのとき、『妖精の棲む森』と称している森から出てきた、中年に手の届きそうな男性が「いやー! ぼくにも少年時代があったことを思い出しました」と、目を輝かせていた。わんぱくな少年だったのかもしれない。
そういう男性がいるかと思うと「何だ! 何もないじゃないか」と、自然の値打ちに気がつかない人もいるのだ。森の中に観覧車か何かを期待していたのだろうか。こんな人が緑の大切さにも気がつかず、すぐ更地にして分譲したがるのかもしれない。
テラスのそばに配線用の溝があり、コンクリートの蓋がしてある。蓋の中央に丸い穴があって、その穴からシジュウカラが出入りしていた。そこで巣作りをして子育てをしているのだった。
セッセと餌を運ぶ親鳥。好奇心に目を輝かせて見ているいる10歳くらいの少年に、私は説明をした。
「鳥が何かをくわえているでしょ。あれは雛に与えるエサなの。そして穴から出てくるときにくわえている白いものは、ひな鳥の糞なのよ」。
好奇心を抑えられなくなったのか、少年が巣に近づこうとしたとき、彼のお父さんらしき人が少年に待ったをかけた。
「近づくのはやめなさい! きみがあの巣を覗くということは、大きな象がきみの部屋を覗くようなものだよ」。少年はうずくまって、優しい目をしてシジュウカラを見ていた。
素敵なお父さん! こんなお父さんの息子で、この少年はきっと素敵な大人になっていることだろう。
そして!そして! その父子が帰った後に、近くでお茶をしていたオバチャンが二人、溝の蓋を開けて「ホンマや! 雛がいる!」って、何てこった!
今年も暑い夏になるのだろうか。どんなに暑くなっても森の中は涼しい。森に入って、疲れた心が少年少女に戻ってくれないかな。