内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。
香り
2017.8.31 Thu
引き出しを整理していたら、ギラロッシュの『フィジー』が未開封のまま出てきた。
もう50年以上も昔にいくつか買った、最後の一つだ。
あのころ私はゲランの『ミツコ』がお気に入りで、そればっかりを使っていた。
帰省したときに母が私の香りに気がついて「その香りはあなたの年齢には甘すぎると思うわ。『フィジー』がいいんじゃないの?」と注意をされた。
その時私は母にふと、「結婚式が終わって、初めて二人きりになったとき、最初の会話は何だったの?」と聞いた。目を彷徨わせていた母は、「車の中で、香水を聞かれたかなァ」と、ちょっと恥じらっていた。
お見合いをさせられた時は、もう結婚が決まっていたという時代だ。でもその結婚は当たりだったかも。何故って、私が誕生したんだものと、母に苦笑いをさせたっけ。
母は、いわゆる『花嫁修業』の一つとして、『お香』もしていたのだそうだ。私はその『花嫁修業』という言葉に抵抗して、お花もお茶も拒否していたのだけれど。
そんなくだらない抵抗なんてしないで、基本だけでも習っておけば よかったと、今ごろになって後悔しているのよねェ。
それで『フィジー』を使い始めて、友だちのツテで何個かまとめて安く買ってもらったうちの最後の一つだった。
そのあとシャネルのNo.9になったりミスディオールへと、香りの変遷があり、この20年近くはブルガリの『ローズエッセンス』に落ち着いてしまった。
『浅見光彦記念館』で、浅見光彦の香り『MITSUHIKO』を試せたそうだ。(*)
試し飲みのことは試飲、試しに食べることはで試食。試しに着てみることは試着というけれど、試しに嗅ぐことはなんというのだろう。『試嗅』って言葉は聞いたことがない。
それはそれとして、『ミツヒコ』のヒを除けば『ミツコ』じゃん! なんてことを、思ってしまった。
母の思い出として、最後の『フィジー』を使ってみようかな? とも思ったが、母に「今のあなたには爽やかすぎるんじゃない?」と言われそうだ。
長い年月を生きて来て、私はすっかり汚れてしまったもんなァ!
――――――――――
(*)事務局注:特別企画展『後鳥羽伝説殺人事件』の一環で2017年6月まで展示しておりましたが、現在は実施しておりません。ご了承ください。