内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。
落語
2023.2.28 Tue
また夢に夫が現れてくれた。二人で『鈴本演芸場』に落語を聞きに行っていたのだった。演目は何だか分からないけれど、私たちが座っている席の後ろにそうそうたる落語家たちが並んでいた。
いま思うとその殆どが故人だったけれど、それは夢だから……。
その中の一人が夫に気がついて話しかけてきた。シャイな夫は何だかんだ言って席を離れて逃げてしまった。「また私なの?」と、その落語家のお相手をしてというところで目が覚めた。
何で鈴本演芸場なんだろう。
去年の暮れに私は確かに鈴本に落語を聞きに行った。そして私たち夫婦は落語が好きで、会話の中にはそれとなく落語のオチなどが入っていた。
例えば「あれ? あそこにいるの○○さんじゃない?」「違うよ、あれは○○さんだよ」「あらいやだ、私はてっきり○○さんだと思ってた」だの、私が取り付けた棚に物を乗せて棚が傾いたとき「バカだなァ! 物を乗せるからだよ」等々さりげなく、その他たくさん。
私は夫が亡くなって風や空気になったのだと信じている。そう!『千の風』だ。だからいつでも私のそばに居るはずだと。それで先月は二度も夫が夢に現れてくれたし。
この間、友人とおしゃべりをしていて「いま内田さんが現れたら、何をしてもらいたい?」と聞かれたとき、私は「両手で力強くハグ!」と答えた。
介護中、車椅子の夫と毎日のように散歩をしていた。そのとき夫が「ハグをしよう」と言った。それで私は車椅子に覆い被さるように夫を抱きしめた。そして夫は利かなくなっていた左手は膝においたまま、右手を私の背中にまわして「ギュー! ギュー!」と言っていた。力を込めているつもりだったらしい(イカン! 目が汗をかいてきた)。
アレッ? 話が逸れた。
そういうことで(何が?)、私は夫の写真に「会いたい、会いたい」と言っていることを聞いて、夢に出てきてくれたのだろう。
でもなぜ鈴本演芸場なのだ?……と、もしかしたら、消えかかったロウソクに新しいのをつぎ足して、死に神があっちを向いているうちに……だったのかな?