内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。
妄想癖
2018.6.28 Thu
私は黙っていれば、すごく賢そうにみえるのだそうだ。「でもしゃべるとアホが丸見えになるから、人前ではなるべくしゃべらない方がいいと思うよ」と、夫に失礼なことを言われていた。
子どものころは母が、この子は大人になってちゃんとやっていけるかしら……と心配していたようだ。そして30才を過ぎたころに、父にも言われた。「おまえの精神年齢は、小学生並みだ」と。
私は子どものころから空想癖というか妄想癖があって、いつの間にか自分だけの世界に浸って、現実には叶えられない夢に漂ってはしあわせになっていた。
そしてふっと眠りから覚めるように、現実の世界に帰ってくる。意識的にその世界に入るわけではないから、直そうと思っても直しようがないし、社会性は身についていると思う(これも妄想か?)から、それはそれで良しとするか。
学校の授業中にもしあわせな世界に漂っていたから、成績表は悲劇的だった。
私の妄想は「私は前世イギリス貴族の娘で、マナーハウスの庭園を馬で走りまわっていたの、だから来世はまたイギリスに帰るから……」だの、「イル・ディーヴォのディナーショー(あるわけがない)で、デイビッドがひざまづいて、私の手に口づけしようとしたら、隣りの夫を指して、私のハズバンドですって言わなくっちゃ」なんて、バカバカしくも他愛のないものだ。
こんなことを他人にベラベラしゃべるから親は心配し、夫には注意されるのだけど。
でも私の妄想は他人にバカにされたり冷笑されるだけで、誰も傷つけるわけではない。聞かされた人に、優越感を抱かせるだけだ。
夫は「やめなさい」とは言っていたけど、50年も一緒に暮らしていると、いつのまにか私の『癖』が移ってしまったようだ。
亡くなる1年くらい前から「ボクも来世はイギリスに行くから……」と言うようになった。
でも私は貴族の娘だ。だから「ごめんね! あなたがイギリスに行っても、私とは身分が違うの。だから会えないと思うわ」。それでも夫は私のマナーハウスの庭園に居るのだそうだ。
虫を見ただけで「いたァー!」と騒ぐ人が、庭園で働けるわけがない。でも身分違いの恋もいいかもしれない。
元浅見光彦倶楽部ができて25年。ちょっとオーバーだけど、あれから私の時間は『浅見光彦』に取られていた。だからこれからの時間は自分のために使いたい。
マナーハウスで出会うのはもっと先にしたいから、まだ迎えに来ないでね。