内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。

渚にて

2022.8.26 Fri

ロシアがウクライナに侵攻して6ヶ月。マスコミは『戦争』と言っているが、これは戦争でなくて『侵略』という言葉を使って欲しいなと、それは私の気持ちだ。
フランクフルトに住む知人（日本人）のお宅でも、ウクライナからの避難民家族を受け入れていることをメールで知った。
瓦礫化している故郷。夫をウクライナに残しての避難で、彼女たちの心は壊れかけていると、知人は心を痛めていた。
ロシアは核をチラつかせ、貧しいはずの北朝鮮は何発ものミサイルをぶっ飛ばしている。私はむかし見た映画『渚にて』を思い出した。一流俳優たちが大勢出演した、白黒映画だったと思う（この映画を見た頃、私はアンソニー　パーキンスのファンだった）。
気の弱い一人の兵士が、勘違いして核のボタンを押してしまった。核の応酬で第三次世界大戦の始まりだった。うろ覚えで勘違いかもしれないけど、北半球の人々は滅亡して、オーストラリアに残された人々にも死の灰が迫り、あとは時間の問題だ。
人々に『死ぬ薬』が配られ、自分の死にたい場所を自分で選ぶことが出来る。オーストラリアに残る人は広場に集まって、みんな一緒に薬を飲むのではなかったかな？
しかしアメリカで死にたいと言う人がいて潜水艦でアメリカに戻ると、モールス信号のような通信音が聞こえる。人っ子ひとりなく廃墟と化した街に、まだ生きている人がいるかもしれないと信号音をたどって行くと……。
オーストラリアに残っている人たちもあとは『死』だけなのに、赤ちゃんを産んでしまった新婚夫婦。精神的に耐えられなくて自暴自棄になってしまう人など、救いのない世界というか地球が辛い。そして静かに流れてくるオーストラリアの国民歌と言われている『Waltzing Matilda』のメロディが、あのとき私の心に染みこんできた。やりきれない痛みだった。
あの映画をテレビで放送してくれないかな？と思った。