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内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。

フォーレ『夢のあとに』

2023.5.13 Sat

拙著『夜想曲』中の『夢のあとに』は、我が家にあったチェロをベースにして、私の夢想というか妄想をたくましくして書いた作品だ。しかし、その夢想が実現した。
もちろんあの小説のままというわけではないが、夢が実現したことは確かだ。
私もチェロにトライしてみたこともあったが、私には絶対音感はなかったようだ。夫にもなかったようで、チェロはそのまま放ってあった。
しかしこのまま置いていてはチェロが可哀想だ……と思ったのが発端で小説を書いた。
才能はあるけどチェロを買えないという人に貸したら、私だって少しは世の中に役立つかもしれない。しかし私のまわりにはそんな洒落た人はいないので、とにかく誰彼なく声をかけていたのだ。
いた! 歯の治療のときその話をしたら、しばらくして先生がその話に反応した。一度チェロを見せて欲しい……と。
その歯科医さんはバイオリンを弾いていて、いつかこのブログで書いたことのある、全国のお医者さんたちでつくるオーケストラ(略して医オケ)のコンサートマスターだったのだ。
あのとき、医者たちのオーケストラが『医オケ』なら、官僚たちのオーケストラは『棺桶』ですねといって、大いに笑われたっけ。
話は脱線したけど、医オケ仲間でチェロを弾く内科のお医者さんに話を通してくれたのだ。何日かしてお二人と一緒に、弦楽器の修理をしているという方と、三人で我が家にやってきた。
やはり長く放っておいたチェロは修理が必要だった。お医者さんさん二人は40代、修理の方は30代と、若い三人の男性との音楽談義は時間が経つのも気がつかないほど楽しかった。そして帰りに、拙著『夜想曲』をプレゼントした。
チェロの修理が終わったから届けにいきますと連絡がきた。その時に私のためにチェロを弾きましょう、『夢のあとに』を実現させましょうって。
私のためのチェロ演奏!至福のときだった。もちろん『夢のあとに』も弾いてくれた。オーバーかもしれないけれど、夢を見ていればこんなにいいことがあるのだと、ほんとうに私の至福のときだった。
三人とも私の息子のような年代だったけれど、年の差を感じさせない(三人は感じていたけど、私が勝手に感じてないだけかも)楽しさだった。
歯医者さんが我が家の天井を見上げて「この高さならカルテットができるな。今度は私もバイオリンを持ってきます」とのこと。
うれしい!うれしい! 生きててよかったと喚きたいほど(オーバーじゃないよ!)、しあわせだった。
※ チェロは一流のチェリストが弾くほどのものではなかったようで、チェリストのお弟子さんか、音大生を探してくれるそうだ。