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内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。

サイン

2019.3.28 Thu

いよいよ『愛と別れ 夫婦短歌』の発売日が近づいてきた。
カバーは掛かっているけど中はまだ白いままという、束見本(つかみほん)はいただいているけど、見本本はギリギリかな?
校正をしたりして、おおよそのことは分かっているけど、出来上がったらどうなっているのかドキドキものだ。
そして私を待っているのはサイン。どれほどの方が財団に購入の申し込みをしてくださっているのか……。
夫の著作100作の記念のときは3000部にサインをしていた。どの作品だったか覚えてないけど、クルーズ中に船内に持ち込まれた1500部とか、ワールドクルーズのときには「帰国してからでは間に合わない」と、製本前の見返しの紙が送られてきて4000部もサインをしていたこともあった。
それに比べると「ひよっこ」以前の「たまご」かもしれないけど、でも私はワクワクしている。
ほんとうは私の名前と『内田康夫』のサインと並べたかったのだけれど、それはもう叶わない夢だ。それで財団に申し込んでくださった方のために、夫の落款を捺すことにした。夫の最後の著作でもあるし、たぶんもう二度と使うことのない『内田康夫』の朱文字の落款。
それに合わせて、私も(私はどうでもいいけど)朱文字の落款を新しく作った。
朱文字……と書いて、昨年、富士霊園の夫の墓碑銘を見た時に取り乱してしまったことを思い出した。
ずいぶん昔に買ってあったお墓で、その一帯は文学者のためのものだ。今までは『内田康夫』と朱文字で刻まれていただけだったのに、そこには氏名・代表作名・没年月日・享年が黒文字で刻まれていたのだった。
夫はもういないと、それは分かっているけど、でもまだ側にいる……と。それが油断していた私に、いきなり現実をつきつけられたとでもいうのか、それはショックだった。
私は人前ではいつもと態度を変えない自信があったのに、あの時は見事に取り乱した。まだ修行が足りないと、しみじみ反省したものだ。
二重人格でもなんでもいい、真似したいと思っている芥川龍之介の『手布』の婦人にはまだまだ及ばないと思った。
……、『手布』はともかくとして。『愛と別れ』をよろしくお願いします。

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