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内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。

何と言うしあわせ

2024.8.13 Tue

何と!何と! あのストラディバリウス(略してストラバリ)を目の前で見て、ナマの演奏を聞いた。それは私のためだけの演奏だった。
ストラバリって17世紀から18世紀に作られ、現在一番高いのものは13億円もするのだそうだ。プロのバイオリニストだったら、誰もが夢に見るだろうそのストラバリを、私はこの手でさわり弦をこの指でプン!と弾いたのだった。

ことの起こりは以前この欄で書いたことがある、医オケ(お医者さんたちのオーケストラで、略して医オケ)のメンバーであるDr.Aからのお誘いだった。
ある日、治療が終わって「楽器店の友人からストラバリを借りることになったのですが、見ませんか?」と声をかけられた。もちろん「見ます! 見ます!」。
私は楽器屋さんに見に行くのだとばかり思っていたら、我が家に来てくれるのだと言う。目が点で、「エッ!? エッ!? ウッソオ!」状態だった。
そして診療科目の違うDr.B(まだ日は浅いけど、私の主治医になりかけ)と一緒にということだ(エッ! エッ!)。
子どものころバイオリンを習っていたというDr.Bは、医大にはいってからチェロに転向したのだそうで、そしてやはり医オケのメンバーだ。来宅は18時ころになるという。
18時ということはもしかしたら夕食を済ませてくるのかもしれない。しかしまだだったら……と、お持ち帰り用の鰻重を4人分出前して貰って待機していた。
来た!来た! ストラバリとご自分のバイオリンを持ったDr.Aと、チェロを抱えたDr.B。久しぶりに我が家に訪れる若い男性……って、しかし残念ながら二人とも50歳間近の私の息子のような年齢だ。そして妻帯者。でも私は子どもがいないせいか、高校生だろうと何歳だろうと、誰にでも年齢差を感じないで対等におしゃべりができる。
食事はまだだったようで、おしゃべりをしながらまずは食事。何と若い(?)二人は、それぞれ鰻重二人分をペロリ。食欲旺盛な男性に、私は「オトコはこれでなきゃ」と、頼もしい生命力を感じていた。
そしていよいよ演奏会。
ストラバリなんて、テレビで見るかコンサート会場の客席から遠く見るだけなのに、いま目の前にあるのだ。これが300年以上もむかしに作られたのだと、信じられない思いだ。
このストラバリが本物であるという証拠の本があり、そこには見落としそうなごく小さな傷まで写真に写っていた。
チューニングをしてから弾いた曲、それはフォーレの『夢のあとに』だった。
私のためだけの演奏会……。Dr.Aは拙著『夜想曲』の中の『夢のあとに』を覚えていて下さったのだ。何と言う感激、何と言うしあわせ……。あのとき私はほんとうに泣きそうなほどに感動していた。胸が熱くなって息苦しくなっていた。この感動は一生忘れない。私にこんなしあわせがあっていいものだろうか。
私はDr.Aに何もしていないのに、私のためだけの演奏会をして下さるなんて。この善意と好意を忘れたら、絶対バチがあたる。この優しさにどうお返ししたらいいのだろうかと、真剣に悩んでいる。
そのあとDr.Bがチェロでメロディーを弾き、Dr.Aがストラバリでハモり、そして雑談をしてほんとうに贅沢な空間だった。
それにしても、ストラバリの、何という柔らかな音。「弾いてみますか?」って、とんでもない。でも誘惑に負けて、私は胴体をちょっこっと触り、弦をプンと弾いたのだった。
リビングの外に香港のようなきらびやかな夜景が広がり、ガラスにストラバリとチェロを演奏する姿が重なって、究極のしあわせ。私は鰻重を六人分用意しておけばよかったと思った。
そして因みに、彼らが鰻重二人分を食べているときの私の夕食は……。一ヶ月ほど前に友人が来たとき取った鰻重の全部を食べきれずに、半分をタッパーで冷凍してあったのをチンしたものだった(笑い)。