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内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。

泣き笑い

2019.6.27 Thu

いつまでも引きずってはいけないと、夫の遺品をボチボチ片付け始めた。でもガラクタの一つ一つにも夫への想いが籠もっていてなかなか片付けられない。
3年前の夫のノートが出てきた。あの頃は脳活にと日記のような文章を書いたり、忘れないようにと漢字や百人一首を書いたりしていた。
いつもは筆ペンを使っていた。そう! 著書にサインするときのご愛用の筆ペンだ。
そして……。パラパラと開いたページ、そこはボールペンで書いてあった。
「11月8日、由美(私の本名)の誕生日、おめでとう。迷惑ばかりかけてごめんね」。
もう号泣だった。
生命の終わりが近づき始めたときは、私に対して素直な気持ちを表現していたけれど、夫は昭和一桁の男だ。この年代の男は素直ではない。「言わなくても解るだろう」タイプが圧倒的多数だ。
それでも彼はまだましな方だったと思うけれど、自分の気持ちをそのまま打ち明けるなんてことは、まずなかった。
……いや、あった、あった! 50数年前のラブレターには本心を綴ってあった。しかしそれ以降の夫の辞書には「ごめんなさい」と「ありがとう」の言葉はないのと同じだった。でも私は、夫の本心は承知していたから。
それが……。ずるいよ! そろそろ現実を認め、あきらめようとし始めたのに、ずるいよ!
妻を泣かせてどうするの。
むかしウイスキーのコマーシャルで、大原麗子が「妻を酔わせてどうするの!」と色っぽいのがあったけど、今日は「妻を泣かせてどうするの!」だ、まったく!
いや! 妻を泣かせる……って、 別の意味で泣かせている夫は、いるだろうなと、ひとりジョークで泣き笑いをしていた。

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