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内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。

吹き語り?

2021.7.4 Sun

我が家にはグランドピアノがある。グランドピアノと言っても、コンサート用のような大きなものではなく、『浅見光彦記念館』にある家庭用のやや小型のもので、でも一応スタインウェイだ。これは夫のこだわりだった。
(因みに……夫が亡くなった後、そのスタインウェイのピアノには相続税がかかった。買ってから30年以上経っているけど、スタインウェイには相続税がかかるのだそうだ。国産だとスルーだって。でも結婚してから買ったものは夫婦共有財産だと聞いていたけどな)。
夫は習ったこともないのにピアノを弾く。習ったことがないのでバイエルは弾けず、従ってヘ音記号も読めない。左手はコードを崩したりおかず(業界用語で装飾音をつけたりすること)をつけて、ナイトクラブのピアニストのように弾くのが素敵だった。そして時には弾き語りなど楽しんでいた。
スタインウェイでの弾き語り……、曲は何と!『津軽海峡冬景色』だの『秋桜』だったりして。
私もバイエルから独りで弾き始めたのだけど、譜面通りにしか弾けない。チェルニーやソナチネなど、チンタラチンタラと味も素っ気もない上に、来る日も来る日も同じ練習曲を聴かされ、来る日も同じところでつまづいている。それが彼には耳障りだったのだろう。それである日言われた。「マンションの隣の部屋の子供のピアノの練習がうるさいと言って殺人事件に発展したけど、ぼく、その犯人の気持ちが分かるんだよね」と。
それで私は「止めたッ!」と、それから45年以上、彼の留守中に『ネコ踏んじゃった』以外ピアノは弾いてない。
でも楽器をやりたいとフルートに挑戦した。しかしフルートも譜面通りにしか吹けない。それで言われた。「笛が歌ってないんだよ……。そうだ今度のタイトルは『歌わない笛』にしよう」と。それ以来フルートも止めた。私がフルートを吹くとキャリーが引きつけを起こしていたし、かなり耳障りな音だったのだろう。それ以来、楽器からずっと遠ざかっていた。
でも、そう!目の前のスタインウェイ!。弾いてあげないと可哀想だから、ピアノに再トライすることにした。しかし何と何と! 指が動かない。とくに薬指と小指の力が弱くて、キイを叩いたつもりなのに、あくまでもつもりなのだ。そしてヘ音記号の音符を読めなくなっているではないか。それで「ド・シ・ラ・ ソ……」と指で数えているしまつだった。
じゃァ20年ぶりにフルートに再トライしようと思ったら、何と何と! 息がまったく続かない。腹筋は衰え、お腹回りには脂肪がたっぷり。
それなら……と、夫はピアノで弾き語りをしていたのだから、私はフルートで吹き語りをと思ったが、それはただ「ブブブ……」言っているだけで、何のこっちゃ!だった。
しかしピアノだったら鍵盤を叩いたら音は出る。再再決心してソナチネの1番に取り組み始めた(何たって45年ぶりだから、もの凄いスローテンポ)。
第一楽章だけでもかなり時間はかかりそうだけど、マスターしたあかつきには交通費・ホテルの宿泊代・お食事・マイセンのコーヒーカップのお土産付きコンサートでも……と、厚かましい夢を見ている。ボケ防止にもなるだろうし、夢は大きいほうがいい。頑張ろうっと!
フルートの吹き語りは……、ムリ!

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