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内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。

晩秋の森で

2021.11.7 Sun

夫の介護が始まってからこっち、とくに夫が逝ってから私は、冬は東京で過ごすようになっていた。いまの私にとって、冬の軽井沢はあまりに寂しすぎる。
キャリーとおしゃべりしながら(私が一方的にだけど)セピア色の森を歩いたこと。私の雪かきが終わるのを見計らって、碁会所に出かけて行った夫のこと。 鬱蒼とした緑で空を隠していた森が、広々と空の青を見せつけていたことなどが思い出されるから。
最期を迎える少し前に、夫がじっと天井を見ながら「キャリーと3人で森を歩いたころは、ほんとうに穏やかな毎日だったね」と言った声が甦って泣きそうになる。
このあいだ、思い出をたどろうかなと久しぶりにその気になって、落ち葉を踏みながら散歩をしたら、前方を年齢が私と同じくらいのご夫婦がをゆっくり歩いてらした(肩を寄せ合った姿が素敵で、ちょっと映画のワンシーンみたい)。 私は一応距離を保っていたつもりだったが、間もなく追いついてしまった。
追い抜くわけにもいかず「こんにちは、初めまして……」とご挨拶したら、「初めてではありませんよ」と穏やかで、適当に冗句を交えながら感じのいいご夫妻だ。ティーサロン『軽井沢の芽衣』にいらしたことがあったらしい。
歩きながら「ご一緒してもいいですか?」と(イヤだとは言えないよね)、たくさんおしゃべりした。
間もなく八ヶ岳連峰が見えるようになりますねだの、このお宅は○○さん(超有名人)のお別荘だそうですよだの、同年齢の方とおしゃべりをしたのはいつ以来だろう。
「お宅はどちらですか?」と聞くと、我が家のすぐ裏とのこと。
森はゆるやかな斜面になっていて、裏といっても道路をはさんで我が家を見下ろすようにしたお宅だった。
「ご主人……、もう3年も過ぎたのですね」と、お互いに名乗ったわけではないが私の身元はバレていた。私はおっちょこちょいだから、変なこと言わなかっただろうかと反省しきりだった。
そのご夫婦も、先日東京に引き上げた。これから冬に向かって、森はいっそう寂しくなっていく。

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