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内田康夫 夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。

短歌

2017.8.24 Thu

夫が休筆することになって、脳トレのためにと短歌を詠み始めた。
彼は以前『歌枕かるいざわ 軽井沢百首百景』という短歌集を出版したことはあるけど、プロの歌人ではない。まして私は高校の国語の授業で短歌を習った程度だし、詩は好きで書いていたけど、プロと胸を張るほどの詩人ではない。
そんな二人が協力しあって、講談社のホームページ『内田康夫・早坂真紀の夫婦短歌』と『イン・ポケット』という月刊の文庫で短歌を発表することになった。
お話を受けてから半年あまり、夫とペチャクチャおしゃべりをしては「ああでもない」「それはおかしい」など、ダジャレを言いながら拙いながらも歌を詠み始めた。
上手い下手は別にして、初めのうちは面白いように歌が浮かんできた。これならいけるかもしれない、歌人が見たらお笑いものかもしれないけれど、もしかしたら私には短歌の才能があるかもしれないと厚かましくも思ったりした。
しかし最近、私の歌は何だか理屈っぽくなってきたかも……と思った途端、底をついてしまった。
短歌を読む人は素人だ。プロの『歌人』に評価されても、素人である読者が理解できないようでは、やはりただの自己満足の短歌で終わってしまう。
物の本に「短歌は理解しようとして読め」とあったけれど、読み手である素人にはそれは無理だ。小難しく理解できないと、読者は短歌から離れてしまう。
夫の『歌枕……』を読んだとき、「わァ!」と、歌の後ろに流れる情景が浮かび上がってきた。きれいな歌で、それは素人にも理解できた(でも本は売れなかった)。
しかし情景が浮かび上がるだけではいけない。5・7・5・7・7と字数を合わせるだけではなく、『短歌』としての約束事に則らなくては短歌(文学)とは言えないのではないか……と、それで私は行き詰まってしまった。やはり夫も私もプロではなかった。
それにしてもプロの歌人は凄い。いや! ほんとうに凄い!
俵万智さんや東直子さんの歌集を読んで、改めて凄いと思った。
「~なりぬるかな」だの「しらねばや」などと、小難しい短歌を分かりやすい現代語で表現し、こんなにも長く『歌人』を続けていられるなんて……。
生活の中で、誰でもが思ったり体験する小さな出来事を『歌』にしてしまうなんて……と。
情景がふっと浮かんだり、「そうそう!」と心に染みこむ歌って、私はいつになったら自由に詠めるようになるのだろう。
夫の脳トレのためにと、調子に乗ってお受けした『短歌』だけれど、私たちはいつまで続けられるのかわからない。また、あまり変化のない毎日をおくっているのだし、新しい発見もありそうにないし。
この仕事を受けなければよかったと、それでもバスを待っているときも電車の中でも、夫の車椅子を押しているときでも、キャベツを刻んでいても、5・7・5・7・7と、頭の中は絶えず数字を数えている私だった。

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