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内田康夫 夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。

希望

2020.1.17 Fri

夫の書斎を片付けたとき、後回しにしていた諸々を見つけ出して、読み耽ってしまった。昔の大掃除のときの、畳の下に敷いてあった古新聞を読み耽ってしまうアレだ。
厚みのある封筒の中に『ASAMI JOURNAL』(*)が入っていた。
一番上が『祝 内田先生作家生活35年目突入!!』とある。86号でカラー表紙だ。そしてそれまでの取材先の写真が散りばめてある。懐かしくてページを開いて息が詰まりそうになった。
表紙をめくったところには、いつもなら『センセ雑記帳』と、夫の日常が綴られているのだが、そこには『センセ』と『雑記帳』の間に『のカミさん』という文字があり、夫が体調を崩したので、替わりに私の雑記帳になっていた。
雑記帳の掲載が2015年の1月号だから、その前年10月26日からの出来事が書かれている。’14年ということは、7月1日に私たちの最後になってしまったワールドクルーズから帰ってきた年だ。
入院中の顛末が書かれていた。自分が書いたものなのにすっかり忘れていて、読んでいるうちに胸が痛くなってきた。
病院で激痛と闘いながら書いていた新聞連載の『孤道』。足のしびれが腰まで上がっていたのに、会員さんが自分の誕生日会のために来てくれているからと、私とスタッフに抱えられながら、会場の滝野川会館に行ったことなどが綴られていた。
あの日から5年以上も過ぎていたのだ。もっと昔だったような気がしていたのだが「まだ5年?と、もう5年?」が、私の中で行ったり来たりしている。
87号もカミさんの雑記帳になっていて、あの日から終わりの見えない、夫の本格的な介護が始まったのだった。87号を読み返してみたら、「私も夫の介護が始まりました」だの、「私が介護される立場になりました」とお手紙をいただいて、私はずいぶん励まされていた。
夫が旅立って間もなく2年になるけど、やはり「まだ2年?と、もう2年」と、心の整理はまだちょっとかかるかな?
現在ご家族を介護中の方に、おかけする言葉は見つからない。終わりの見えない介護に、ただ体験者としては『すべては時間が解決する』としか……。終わってから振り返ると、その時間が『つかの間』だったなと思える日が、必ずくるから……と。
それでも88号の巻頭エッセイは、夫が頑張って自分で書いている。
曰く、『遺言』。この時点で夫はまだ、会員さんにお会いするという『希望』を持っていた。治るという『希望』……も。


(*)事務局注 『浅見ジャーナル』は「浅見光彦 友の会」の前身「浅見光彦倶楽部」の会報。

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