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内田康夫 夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。

床屋

2020.6.30 Tue

生前の夫の行きつけの床屋は24時間365日、年中無休で但し腕はあまり良くなかった(夫はそう言ったけど、私から見るとそうでもない)。
髪が伸びたなと思ったときに、すぐ対応できるのが便利と言えば便利であった。
便利なだけに店内には音楽もなく(おしゃべりはかなりある)掃除は行き届いているはずだが狭苦しかった。
本店は軽井沢だが、支店もあちこちで『飛鳥Ⅱ』にもあった。
床屋の名前は『バーバー内田・ババァ』。
洗面所の引き出しを整理していたら、ピンクのケープが出てきた。このケープは、私が夫の髪を切るときに使っていた。そう! 夫の散髪は私がやらされていた。
それは50年も昔、私たちが共同生活を始めたころからのことだ。
面倒臭がりの夫は床屋に行くのが面倒で、そこで相談を持ちかけられた。時価の半分を払うから髪をカットして欲しい……と。
元々手先の器用な私は、そのころは自分の髪だって自分でカットしていた。襟足のムダ毛だって、自分でカミソリ処置していたくらいだ。
だからその話に乗った。
しかし料金が支払われたことはない。但し!こっそりと勝手に支払いは受けている。勝手に受けている料金は、半額どころではないかな?
それから50年の間、「そろそろ床屋に行こうかなァ!」と夫の独り言が聞こえると、洗面所の鏡の前で床屋の開業だ。
ペチャクチャとおしゃべり(私が一方的に)すると、「よくそんなにしゃべることがあるね」なんて言われる。でも襟足のムダ毛を剃る段になると、夫の全身は硬直する。
「私の言う事を聞かないということの結果は、わかっているわよね」
なんて、ミステリーそのものだった。
その夫はいない。『バーバー内田・ババァ』も店じまいして、忘れられていたピンクのケープに、ちょっとウルル……。
コロナ騒ぎで、私の髪はとんでもないことになってしまった。4ヶ月も我慢していたら、癖っ毛の髪はアッチャコッチャ自由気ままに伸びていて、鏡を見るのも嫌だった。毛先が襟足やおでこにチクチク、痒いったらありゃしない。
外出自粛も解除になって、恐る恐る美容院に予約を取った。
ヒトシクンのうれしそうな顔。
「店の子の給料や家賃のことをいろいろ悩んじゃって、よく考えると美容院なんて、世の中で無くてもいい職業なんですよね」ってしんみり。
「でもそんなこと言ったら、必要のない職業ってたくさんあるんじゃない? 必要のない職業が『文化』なんじゃない?」と、飛沫のことを考えたらしゃべりすぎかもと思ったけれど、そこはちゃんと対策は取ってあったから……。
『文化的』な会話だったけど、『バーバー内田・ババァ』の会話は他愛なかったなァと、また胸キュン!
久しぶりに私らしいベリーショートでウキウキだった。
そして……、美容院に行ったのは2週間前だけど、私の体温はずっと36℃前後で変化はないから。

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