内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。
読めない……
2017.6.6 Tue
著者への見本本は書店に並ぶより早く著者に届けられる。
『孤道』も4月の末には夫の手元に届いたので、すぐに夫に見せた。夫は『孤道』を右手で抱きしめてむせび泣いた。「ほんとうは僕の手で完成させたかった」と……。途中で筆を折らざるを得なかったことは、どれだけ無念だったことだろうと、私も泣いてしまった(私は夫が倒れてから、よく泣くようになった。夫もすぐ泣くようになった)。
でも出版界が不況といわれている昨今、新しい作家の誕生につながるのなら、「僕の病気もまんざら無駄ではなかったということになるのかな?」と、二人して洟をすすった。バカみたい!
因みに、欧米では洟をすするということは、とても下品なことらしい。一旦出した汚物をまた体内に入れるというイメージなのだそうだ。それで欧米では洟が出るとすぐハンカチで拭くのだと聞いた。それだと、私たち夫婦は、とても下品な夫婦ということになる(元々が下品だけどね)。
話を元に戻すと、私の読書スタイルは、就寝前にベッドに横になってからだ。私は夫の作品は、連載中には読まない。それでさて読書とベッドで本を開いたが、でも今回は『孤道』を読めなかった。これは横になって読んではいけないと、ガバッと飛び起きた。
読み始めると、執筆時のいろいろな出来事が目に浮かんで来て、2ページも活字を拾えなかった。
まずは脳梗塞の前哨戦のような病気で入院した時、「僕のために集まってくださる会員さんに挨拶をしないと悪いよ」と、ヨレヨレながらも病院を抜け出して滝野川会館に行った。そこで催されている『靖国への帰還』の舞台や「センセの誕生日会」に参加している会員さんに挨拶をして、その後病院に戻ったりしていたのだ。
その時のやつれた姿に会員さんや編集者たちが凍り付いていた様子、その後の病室で苦痛に身をよじりながら執筆していたことなどが浮かんできて、目の裏から消えてくれなかった。
あまりの辛さに身悶えながら、すごい形相でワープロのキーを叩いている様子に「もう中止にしましょう。編集者に電話をして連載を休ませてもらいましょうよ」と、私が泣き出しても「だから! さっき、あと三日待てといっただろう!」と振り絞るように怒鳴られたこと。
あのときの私を睨みつけた彼の「目」の怖さは、今も忘れられない。
そして三日後には「上巻」としての体裁を、ちゃんと整えてしまったことなど……。
『孤道』には、それほど心身共に苦しんで書いたという形跡は感じられないそうだ。いつもの内田ワールドです……と聞く。本当に凄い人だ。
今さらながら夫の自分の作品に対する責任と、読者を大切にする愛情に「バカ!」と思ってしまう。
私はいつになったらこの作品を読むことができるのだろうか(今、下品にも洟をすすってしまった!)。