内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。
大丈夫……って?
2018.6.23 Sat
夫の作品のことで、編集者と電話(ケータイ)をしていたとき、固定電話が鳴った。
慌てて編集者に謝って電話を終わらせた。何故って、夫亡きあとの事務処理の連絡は、すべて固定電話にかかってくるからだ。
飛びついた電話は「N証券の○○という者です。この度お宅様の担当になりましたので、新しい商品のご紹介でお電話しました」とのこと。女性の可愛い声だった。
夫は生前、確かに株をやっていた。N証券の案内状も確かに届いていたけれど、病気に倒れるかなり前にもう取引はしてないと聞いていた。でも口座は残っているのだろう。残っていたとしても、今はというより、もう夫の名前で取引はできないはずだ。この世にいないんだもの。
「新しい商品って、夫は3月に亡くなってますけど……」と言うと、「エッ!エッ!いえ奥さまに……」と言って慌てている。そして「アッ! そういうことなら大丈夫です」と電話を切られてしまった。
「そういうことなら大丈夫」って、なにが大丈夫なんだろう。
そう言えば以前、国立大学の日本文学部を卒たという青年とおしゃべりしていたときに、「これ、どうぞ」と、お菓子を差し出したら、「いえ、大丈夫です」と言われた。そのときは意味がわからないままにしていたのだけど、要するに『いらない』と断りの言葉だったのだろう。日本文学を勉強したと言うわりには正しい日本語になってないなと、後で思った。
それにしても、今は取引がなくて当時の担当者がいないとしても、それなりの説明があるでしょうに。勝手に電話をした相手が亡くなったことを知ったら、それなりの挨拶があるでしょうに。「そういうことなら大丈夫です」だなんて謝りもせず電話を切る営業マン(この場合は営業レディ?)。
こんな礼儀作法もしらない営業マンのいるN証券。私が株をやるなんてあり得ないけど、もし将来私が株をやることになっても、こんな失礼な会社と取引するものかと、笑ってしまった。
夫がいたら私、「社員教育がなっとらん! それより親の顔が見たい!」と喚いていたに違いない。以前……、夫がお行儀の悪いことをして、私が「ッタク! 親の顔が見たい!」と怒ったとき、夫は天井を指さし「見られるものなら見ておいで」とニヤリと笑った。
今ごろ夫は、私に叱られたことを母親に言いつけているかもしれない。