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内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。

絶望のどん底

2020.4.5 Sun

先日の『医オケ』にちょっと刺激を受けて、ケースに入れたまますっかり忘れていたフルートを出してみた。
もう運指を忘れていたし、かなり長いこと吹いてないので息も続かない。ピー! という情けない音しか出ない。思わず一人笑いしてしまった。
私はむかしから音楽が好きだった。父が大学時代に『学オケ』でチェロをやっていたって話を、本人から聞いた記憶がある。でもそれは父の願望だったのかもしれない。本人が言っていただけだし、私は見てないから(もちろん父の学生時代に、私は生まれてない。でもモーツァルトが好き、オペラのアリアが好きだったのは確かだ。私はタイトルは知らないけれど、いろんなアリアのメロディーを歌えるということは、小さいころに耳から入ったものかもしれないから。しかし……、『好き』と『上手』は違う。
私は20代の初めころマンドリンを買って練習をして、友だちに聞かせていた。そしてその友だちと、明治大学のマンドリンクラブの演奏会に行った。その時彼女は、私を絶望のどん底に突き落とした。
「あらァ! マンドリンって、こんなきれいな音だったの?」。それで私はマンドリンをやめた。
ピアノも独学で弾いていた。しかし楽譜通りにしか弾けない私を、夫が私を絶望のどん底に突き落とした。
「隣りの部屋のピアノがうるさいって殺人事件があったけど、ぼく、その犯人の気持ちが分かるなァ!」。それで私はピアノをやめた。
軽井沢に移ってから、私はフルートにトライした。初めは金切り音しか出ない。 するとキャリーが引きつけを起こした。でも、もう私はフルートをやめなかった。キャリーを犠牲にしながら、メロディーを吹けるまでになった。気分良く吹いていたら、夫がまた私を絶望のどん底に突き落とした。
「笛がぜんぜん歌ってないんだよ。そうだ! 今度の作品のタイトルは『歌わない笛』にしよう。それで私はフルートもあきらめた。
何度も絶望のどん底に落ちているので、私はたくましくなった。今度は何にトライしよう。
夫の声が天から降ってくるような気がした。「カスタネットかタンバリンでもやったら?」と。もう、どこにも落ちないぞ!

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2020.4.2 Thu 朝ドラから