内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。
『氷雪の殺人』
2020.9.3 Thu
『氷雪の殺人』を読み終えた。
常々『内田康夫』は天才だと思っていたが、やはり天才だった。
この作品は、利尻の高級な昆布を食べて育つウニは美味いに決まっていると、ウニを食べることが目的でとりあえず利尻に行った。そのわりにはかなり高度な社会的なテーマになっていた。
結果は国家の犯罪と個人の正義……と、高度なテーマになったけれどちっとも固くない……。いえ、私にはちょっと固いところもあるか。
しかし固い中にも時おり心の琴線に触れる風景描写や、固い状況の合間にさりげ なくそよ風を吹かせていたりして、その固さを和らげてくれる。「女性のミステリー小説ファンを増やしたのは内田さんの功績だ」と、あるベテラン編集者に言われたことがあったっけ。
ウニを食べるのが主たる目的で、何を書くかは考えてなかったのに、執筆の途中に北朝鮮からテポドンが飛んできたり、防衛省の汚職がばれたりと、事件が向こうから飛び込んでくる。これが天才の天才たる所以だ。
今回読み終えたのは2003年発行の文春文庫だけど、単行本の初版は1999年だから執筆はもっとその先だ。
その文庫の228ページに『冨士霊園』が出てきて、私はちょっとズキン!と来た。だって20年後に自分が眠ることになるその場所を、予見ってわけではないけれど『そこ』が出てくるんだから。
そして1999年ころの政治問題やそれに関わる国民性、そして政治家の資質がそっくりそのままで、現在とちっとも変わってないのが日本人として哀しいやら切ないやら。
時代の先が読める……、これはやはり天才の条件かも。『ほどほどの今の自分』を後生大事に守ることしか考えられないのが、フツーの人間かもしれないから。
コロナの感染者が増え続けている今、やはりこの本の底に流れている為政者や国民としての『覚悟』が、日本人から無くなっているのだなと感じた。
しかし……、『氷雪の殺人』と『パソコン探偵の名推理』が同じ著者の作品だなんて、やはりこの人は天才だ。