内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。
ささやき
2020.10.1 Thu
テレビは女性があるじの、北海道のフラワーガーデンを映していた。
花が好きで、イングリッシュガーデンを目指してイギリスに留学してまで勉強したけれど、北海道には北海道の花でないとダメだということが分かった。
それでいまは東京ドーム何倍とかの大地に、20年がかりで北海道の見事なフラワーガーデンを造り上げていた。
可愛い2人の息子さんまでが水やりの手伝いなどして、私は「ご主人がいるんだ!」と羨ましく思っていた。
その時! 左の耳元で「キューン」というような、小さな音がした。テレビかな?と思ったが、そんな場面ではない。
そうか! 夫が「ぼくはここにいるじゃないか」とささやいたことにして、一人悦に入ろうとした。
しかし、左首すじが痒い。なんと『蚊』だったのだ。蚊に刺されて『夫』もないもんだ。刺された痕がプックリとふくれていて、あわてて液体ムヒをすり込んだ。
秋が深くなり、森の動物たちはいま冬支度に勤しんでいる。その蚊もきっと子孫を残すために私の血を狙ったに違いない。
私の血を残したところで大した蚊にはならないと思うのだけど、これも自然界の成り行きだと、でも夫のささやきだと思おうとしたなんて、私はIKKOさん風に「どんだけー!」だ。
せめて……、その蚊は花園から飛んできたことにした。