内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。
内田さん
2022.12.3 Sat
テレビをつけたら『内田百閒』の放送をしていた。
以前この欄で内田百閒という名前は、高校のときの国語の授業で習って名前だけは知っていた……と無知を白状した。番組はその内田百閒だったので「アッ!」と思い、途中からだったけれど、ちゃんと見た。
テレビの写真で見る百閒さん(内田さんと書くと康夫さんと間違えるので、以下ファーストネームで)は、気難しい顔をしていた。事実かなり偏屈で天邪鬼だったようだ。
鉄道が好きで、代表作は『阿房列車』というエッセイ集らしい。ただ目的もなく汽車に乗っては途中下車して、ホームから景色をみては引き返したりしていたようだ。そして『鉄道唱歌』を最後までソラで歌えたそうだ。
それで康夫さんと共通点があるかも……と可笑しかった。
康夫さんは百閒さんよりはちょっとハンサムかも(私が言うのではなく、人さまの意見です)、気難しくはないが、やや天邪鬼なところはあった。負け惜しみもやや強かった。そして鉄道唱歌も知ってたし、亡くなる間際まで百人一首を百首全部覚えていた。
康夫さんも旅が好きだったが鉄道ではなく、殆どが車だった。二人で宿の予約もなしに、ふらりとドライブをしたものだ。
百閒さんの書く文章は美文だったとテレビで言っていたが、康夫さんの文章だってなかなかのものだ(私、百閒さんに対抗意識持ってる?)。
百閒さんは東京帝国大学を出て作家になって、芥川龍之介や鈴木三重吉たちと交流があったようだ、大学では負けるけど小説の数では康夫さんの方が断然勝っているし、赤川次郎さんや西村京太郎さんだって知ってるもんね(私って、身贔屓が過ぎる?)。
しかし対抗意識や身贔屓は冗談だけど、あの頃の作家って何だかみんな近寄りがたい雰囲気があり、『文豪』って称ばれている。
それに比べたら現代の作家はわりと近しい感じだし、それにベストセラー作家なのに文豪と称ばないのななぜだろう。
『文豪』を辞書で引いたら「文章・文学にぬきんでている人。文章・文学の大家」とあった。だったら文豪・赤川次郎とか、文豪・西村京太郎もアリなんじゃない?
同じ内田さんで親近感を覚えて勝手なことを書いたけれど、内田という作家は他にも『樹』さんや『春菊』さんもいた。