内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。
チョビット
2017.3.1 Wed
3月になってしまった。1月…行く、2月…逃げる、3月…去ると言うくらいだから、3月もあッという間に去ってしまうことだろう。
春が近いというのに、南極を探検したり北欧を探検したりと、この頃の夫の散歩の準備は忙しい。ハワイ・タヒチなんて贅沢は言わない。せめてバンクーバーあたりにしてくれると装備が楽なんだけど。私が楽なだけではなく、こんなに寒暖の差が激しいと、病人の精神面にも影響がでてくる。わがままになったり優しくなったり、イライラしたり……と。
でも春は確実に近づいているようだ。
紅梅が散り白梅が咲き始めていた。散る紅梅の花びらの何と艶めかしいこと。かすかに香りを振りまきながら、ハラハラと散っている。大地に散っても、枯れるまでは艶めかしさを残している花びら。私は思わず車椅子を押す我が手を見つめてしまった。
手入れを忘れられた手は節くれ立って荒れて、血管がミミズにように浮き出ている。シミまで目立ち始めていた。顔のシワとたるみとシミはとっくの昔に気付いていたけど、鏡を見ないようにすれば、これはなんとか誤魔化せる。ババッチクなったよと、私に『ご注進』に及ぶ人は、多分いないだろうし。
この2年近く夫を見守ることに気を取られて、空想癖や夢想癖以外にも、私は女性としての諸々をどこかに置き忘れていたようだ。
一人の時はどうせ一人だからと、クシャミをするときも口をティッシュなどで隠さないで、豪快きわまりなく「ワックショーイッ!」だし……(これは妹に注意された。でも一人のときは直してない)。腹筋にはあんなに気をつけていたのに、ふと気がつくとお腹まわりがドテッと弛んでいたし。
大好きでずっとこだわり続けていた『ブルガリ』のローズエッセンスの香りも、とっくにどこかに置き忘れていたことも思い出した。
『夫ファースト』も大切だけど、そろそろ『私チョビット』もいいかな?