内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。
こころ
2017.3.19 Sun
『こころ』って夏目漱石みたいだけど、そんな高尚な『こころ』ではない。
夫の介護をしながら、私の夫に対する心が変化していることに気がついた……というだけのこと。
病気がさせていると分かっていても、夫の理不尽な要求に怒ったり嘆いていた妻だったのが、いまの私は『母の愛』に変化したかもしれない。そして夫を守りながら二人で短歌を詠む姿って、長いこと寄り添ってきた夫婦ならではの姿だなァ! なんてうっとりしたりして……。なァんちゃって!
夫が脳梗塞で倒れて(その前の病気のことも含めて)、私はかなり長いあいだ取り乱していた。取り乱した……というより、夫を守ることに夢中で、自分自身を含めたまわりの情況が見えなかったのかも。
病院は完全看護なのに週7日、それも1日10時間前後という日々を、私はかなり長い期間彼に付き添っていた。
夫は私がそばにいないと不安でたまらないようだったので、私は彼が寝入ったのを確かめてから、そっと部屋を出るほどだった。
「そういうことをしていたら、先生より先に倒れてしまいますよ」という声も聞こえてはいた。病院側からも「ご主人は私たちがお守りしているのだから、安心してご自分を労って下さい」とまで言われた。
あの時、事務局のスタッフや友人、編集者の方々の見守りがなかったら、私は本当に倒れていたと思う。
交代で毎日のようにお弁当を差し入れてくれたり、夫が倒れたとのニュースを知った友だちも、イタリアから飛んできてくれた。
人の『こころ』が本当に見えた時期だった。みんな優しかった。ありがたかった。
取り乱していた私の『こころ』も落ち着いて、お世話になった方々に『こころ』をどうやってお返ししようと、まわりが少し見えるようになった……かな?
話は変わるけれど、漱石の『こころ』が最初は自費出版だったってこと、初めて知った。
そしてその後、出版社から改めて出版されたとか……。
夫のデビュー作『死者の木霊』だって最初は自費出版で、後で出版社から出たって、まるで漱石じゃん……なんて! 「漱石と一緒にするな!」って怒らないで……。私が一人でうれしがっているだけだから。
漱石の作品の『こころ』は難しいけれど、夫の病気で知った人の『こころ』は限りなく優しい。