内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。

夢で逢いましょう

2022.3.20 Sun

夫が逝って４年が過ぎたというのに、私はまだ夫の夢を見る……というか、まだ夫が夢に現れる。友人は「ここの夫婦は異常だ」というけれど、夫が夢に現れてくるのだから仕方ない。私もそれを望んでいるのだから、夢に出てこないでとは絶対言わない。
闘病中、夫がふと私を見て「来世はぼくもイギリスに行くからね」と言った。
私は常日頃、「前世の私はイギリス貴族であった。だから来世はイギリスに帰るから」と吹いていた。そして夫のことを「江戸町民だったから、来世は会えないかもしれないね」と言い聞かせていた。
二人とも前世とか来世なんて信じてないから、もちろんそれはいつもの冗談だった。だって彼も「ぼくの前世は井原西鶴だった」と吹いていたから、「じゃ江戸町民じゃなく、浪速の町民じゃないかァ」の乗りだったのだ。
しかし闘病生活で命の終わりを感じ始めたのだろうか、夫はふと『来世』という世界に思いを馳せたのだろうか。
でもそのとき私は、夫がいつもの冗談を言っているのだと思っていた。それで「でも私は貴族だし、イギリスにきても江戸町民とは身分が違うから……」と冗談で返していたのだ。
しばらく黙っていた夫に「でも身分違いの恋ということもあるから」と言われて、私は「しまった！」と思った。
闘病中の夫にはたっぷりと時間がある。それで私が言ったイギリス貴族云々を、真剣に考えるようになっていたのかもしれない。
夫を見送った後も折に触れそのことを思い出しては、あんなこと言わなければよかったと、切なくも後悔しているのだった。
先日の夢で夫は、真剣な顔でパソコンを叩いていた。『孤道』を自分で完結させたかったと涙ぐんでいたから、下巻を執筆していたのかも。その前の夢は私の前を歩いていてふと振り返り、ニコッと笑った。
やっぱり……、住所を教えておく。
「イングランド・チェシャー州ナッツフォードのタットンパーク」が私が好きだったマナーハウスだから、私が逝くまでそこで待ってて。それまでは『夢で逢いましょう』ね。