内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。
ピンクカーペット
2017.4.11 Tue
桜の花をしみじみと愛でた。
開花宣言があってから、ずっと寒い日が続いたので花の盛りが長かったせいかもしれないけれど、今までこんなにしみじみと桜を愛でたことはなかったと思う。
夫との散歩の時、タクシーの中で、バスを待っている時、電車の中で、スーパーに行く道すがら、ほんとうにしみじみと桜の美しさと儚さが心にしみこんでいた。毎年、私はどんな気持ちでサクラの花を見つめていたのだろう。
そして、この花を口実にどんちゃん騒ぎをするのではなく、しずかに漂うことがどんなに素敵なことか……と、これは個人の好みだけれどそう思っていた。
昨日、夫との散歩の時、風に吹き寄せられた花びらが、細い道をピンクにしていた。まるでピンクカーペットみたいだと、二人してしあわせに酔っていた。
会話だって「吉野の千本桜も、さぞかしきれいだろうね」に始まって、♪サクラ、サクラ……♪ と、そして♪サクラの花咲くころ♪って、これはスミレの花でしょ! と足下を見たらスミレが咲いていたりして。
夫の膝や髪、そして通りを行く車までもピンクの花びらを纏っていて、「世はすべて事もなし……」だった。
夫婦の会話はそこで終わらず、「世はすべて 事もなし……って、上田敏の訳詞よね」と、何十年ぶりかでこの詩を思い出していた。
「時は春 日はあした」の『あした』を、高校でこの詩を習うまで私は『明日』だと思っていたのだ(私のバカはむかしからだった)。
「いま日本で雲雀が名乗りでるところってあるのかな?だし、カタツムリだって、ここ何年も見かけなくなったね」と、昨日は穏やかでしあわせなひとときだった。