内田康夫夫人であり、作家・エッセイストでもある早坂真紀の随想を不定期でお届け致します。
私鉄沿線
2018.12.8 Sat
♪ 改札口できみのこと、いつも待ったものでした ♪ で始まる野口五郎の『私鉄沿線』が流行ったころ、私たち夫婦は京王新線の幡ヶ谷に住んでいた。モロ私鉄沿線だ。
現在は京王新線は地下にもぐり、幡ヶ谷駅も地下駅になっているが、私たちがいたころは地上駅だった。地下工事は始まっていたが、私たちが住んでいたころはマンションの裏側を過ぎたあたりから、電車は地下にもぐっていた。
しょっちゅう踏切の警報が鳴っていた。
マンションは踏切のこっち側の甲州街道沿いにあったから、遮断機が下りても私に影響はなかった。
新宿から二つ目の幡ヶ谷駅で降りて、改札口を出て踏切を渡ると商店街がある。まさに『私鉄沿線』の風景だ。
夫は新宿に出るのも車を使っていたが、私は電車だ。改札口を出る……という自分が歌の中で歌われているようなのがうれしかった。
あの日、友だちと会っていて帰りが遅くなってしまった。夕方には帰ると言っていたのだが、楽しさのあまり夜になってしまった。携帯電話などない時代だ。
公衆電話はあったけれど、つい……。
叱られた。事故にでもあったのかと、何度も改札口まで迎えに出たのだそうだ。
「心配したの?」。その返事は「バカ!」だった。
野口五郎の『私鉄沿線』は切ない『私鉄沿線』だけど、私の『私鉄沿線』はふんわりとしあわせな『私鉄沿線』だった。